
1950年子供の頃、ハッパをかけるから、お不動様の下の道夕方まで通るな!石屋、大工、祖父
に怒鳴られたものです
この石を荷車で運んできては50cmx30cmくらいの長方形に加工して住宅の土台石にしてた、部落の住宅はみんな、
これを使ってた、、、、我が生家、奥滝ノ沢、4軒ばかりの農家の米の蔵も全部ジャッポ石 (ゼオライト)で出来ている。
部落の町の将家、は壱千年も経つ、蔵がありこれもゼオライトだ、この蔵の奥には、刀、槍、 子供2人で持ち上がらない
程重い鎧、が沢山合った、興味があって、田植えで皆、忙しい時にこっそり見に入ったもんだ 、50年後、3年ほど前、酒店
の親父に、お前まで、ジャッポ石、盗みにきたかといわれた。確か、子供の頃、奥滝ノ沢か らヨシベエ沢、越え一の又沢へ
行くと石油会社が大きなやぐらを立て3輪トラックでドラム缶を運んでいた、周りには油が浮い ていた、その左右の山の付
け根当たりは雨が降ると、ひざまでのぬかるみだった、そこから西の山へ上ると2kぐらいで 二の又沢へこの道は楽だ、
どんなに雨が降ってもぬかるみが無く、さくさくだ、山の頂上付近から眼下を見れば、熊や鹿、 リス、穴熊、野うさぎなど目に
止まる、ゼオライト鉱床の峰当たりでは鷹が昼寝している様に見えた、 一昨年85歳の叔父が70年前の仕事現場を見に行くから
お前の車で行こうと、言うので同行した、僅か3時間半ばかりだったが道がよくなったので昔 の100倍便利になったなー
といいながら、あっちの山へ行け、こっちの山いけ、昼飯も食わずに....、大きな、3尺もあるソコベ(川ますかシャケか?)
沢山、秋口になると獲ったもんだ.......、黒沢から綴子へ言って戻り
貝殻獲った場所、炭焼きの場所、しちりん加工したところ、大川目からマナゴ、太良で伐採中に鉞で膝を怪我した事など。
昔は仕事現場まで、夜明け前から2里、3里も歩き、だったそうだ。
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コンクリートになる前は
住宅の基礎土台
橋を作る、橋桁の土台
神社、仏閣の階段及び
建造物の基礎などは
全てに活用されていた
野生動物の焼肉も
ゼオライトの薄い板状の
物でジンギスカン料理
焦げないでやわらかく焼く
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